墓石の歴史と雑学

終活コラム

墓石の歴史と雑学


墓石とは

ここに故人が眠っているという印に建てる石造物が墓石と呼ばれるものです。 86-5

和型の墓石の基本は仏石と台で構成されています。仏石のことを竿石または棹石とも呼びます。お墓の上の細長い石で、正面に家名、戒名、経文などを刻みます。江戸時代から現代に続いている墓石のスタイルです。仏石を飾る台には色々な種類があります。 洋型の墓石は背の低い横に長いタイプのものです。東京都では、洋型の墓石を希望される方が年々増えてきています。値段も和型よりも安く、墓石は安定感があります。

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墓石の気になるお値段ですが、50~500万円、平均は200万円ほどです。墓石のデザイン、施工費や石材によって値段が変わります。しかも墓石には消費税がかかります。

墓石の歴史

平安時代に日本の僧侶たちは中国に渡り仏教を学び、日本に仏教を広めました。京都嵐山の化野(あだしの)にある念仏寺には、ある由来があります。化野はかつて都の人たちの埋葬地でした。平安時代は風葬が一般的でした。 空海(弘法大師)は、京都の化野(あだしの)で衝撃的な光景を見ました。供養されないまま野ざらしにされた沢山の亡骸でした。空海は里人に土葬という埋葬法を教え、供養のために五智山如来寺(のちに化野念仏寺)を建てました。空海が埋葬という供養を広めた後、人々は埋葬地を作り、石仏や石塔を置いて、亡くなった人を供養をしました。寺にある8000体とも言われる石仏群、石塔群は供養のために作られ、化野各地から集められたものです。

現代の様に墓石のあるお墓が確立したのは、江戸時代からです。室町~江戸時代は、裕福な人達しかお墓は持てなかったようです。天下の副将軍徳川光國こと水戸黄門様のお墓は高級石材の本小松石(ほんこまついし)で作られました。 助さんと格さんのお墓も実際にあるんです。現代の和型と同じスタイルの墓石です。 明治時代に入ると一般の人もお墓を持つようになりました。個人のお墓ではなく、家単位のお墓でした。 戦後の昭和では、洋型の墓石も目立つようになりました。好きな文字を自由に刻む墓石も出てきました。デザイン墓石と呼ばれる新しいタイプの墓石も近頃では人気です。

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石の種類

圧縮強度が優れて劣化せず、吸水性が少ない石が墓石には向いています。御影石(みかげいし)は、一般的に墓石に使われることが多い石材です。 墓石に使われる石には種類が沢山ありますが、その中でも本小松石(ほんこまついし)は、墓石に使われる最高級品の石材です。色は青、赤、灰色の3種類あります。セレブ御用達と言っても過言ではありません。有名人では、美空ひばりさん、勝新太郎さん、水野忠邦さんの墓石に本小松石が使われています。値段はというと、大きさにもよりますが200万円以上します。 また庵治石(あじいし)も有名な高級石材です。耐久性が高く、石目が細かく、風合いが良いことで最高級の墓石石材として知られています。

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最近では外国産の石材も多く輸入されており、日本産とはまた違った風合いの石で墓石を作れるようになりました。洋型の墓石に外国産の石材を希望する方も増えています。 墓石のデザインと予算を念頭に置いて石材選びをすると良いかと思います。