真宗大谷派

永閑寺

えいかんじ

サブスクのお墓
永閑寺(えいかんじ)
永閑寺(えいかんじ)
永閑寺(えいかんじ)
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宗派
真宗大谷派
所在地
新潟県見附市今町2-3-34
URL

永閑寺の歴史

初代は、1400年後半京都御所の内部を警護していた武士であった。当時天皇に特に忠誠を尽くしたことを見止められ、山宮という姓を頂き、山宮左衛門尉基正と名乗った。

1515年後柏原天皇により永閑坊浄法と命名して頂き、信濃国水内郡赤塩郷へ帰り、寺を開基した。その後、3代目4代目は再び武士として上杉家に仕えた。
3代目基勝は、1575年大坂石山本願寺にて戦死をするが、4代目山宮藤左衛門基安は1600年関ヶ原の合戦後、上杉景勝に命じられ開拓者として越後へやってくる。
そして1623年基安は宣如上人のもと得度し、法名釋道安となり、今町永閑寺を開基した。

1867年三条地震により永閑寺は壊滅、1867年に永閑寺は再建されるが、翌年戊辰戦争の戦場となり焼失、1887年に永閑寺は再建される。
2004年中越地震により本堂が壊滅、しかし2011年本堂が再建され、すべての伽藍がととのい、今に至っている。

交通アクセス

最寄駅

JR信越本線『見附駅』より徒歩35分

バス

長岡駅-東三条駅・分水駅線[越後交通]『今町十字路バス停』より徒歩2分

お車でお越しのお客様

北陸自動車道『中之島見附IC出口』より8分

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